写研の文字とDTP書体 その1

2009.06.03

写研に在籍していた時は文字環境が大きく変遷した時期とちょうど重なります。筆と墨での制作からUNIXでのデジタル制作に移行し、ユーザーも写植からDTPへと変わっていきました。DTPの書体数も徐々に増えていきましたが、90年代は写研の書体も盛んに開発が行われ、面白い書体が数多く誕生するのに立会い、最終的に総書体数は百数十を数えました。

写研の書体はデジタル時代の書体制作にも大きな影響を与えています。
まずとても印象が強かった書体は隷書体でした。DTP黎明期は隷書体などはありませんでしたが、DTP書体でも最近は隷書体が作られるようになりました。これらの隷書は特に仮名の骨格が写研の隷書「曽蘭隷書」のそれを色濃く受け継いでいると思います。というのも「曽蘭隷書」の仮名の骨格は独自のものであり、似ているというだけで影響を受けていると断言できてしまうのです。実はこれには理由があります。日本独自と思われていた仮名について、「曽蘭隷書」に限っては日本人の手によるものではなかったのです。

「曽蘭隷書」の漢字部分については台湾人の曽さんに依頼して制作したそうです。経歴をお窺いしたところ戦時中に軍部の地図に文字を書いていた人だそうです。こうした出会いがあり、素晴らしい隷書の漢字が誕生することになりました。ところが日本語を組むための仮名を日本の誰に書かせても今ひとつ良いものができなかったそうです。試しに台湾人の曽さんに試作を依頼すると、漢字に合わせて母国語でもないのに素晴らしいものが送られてきて、現在の隷書体ができあがりました。

確かに仮名のトメやハネが隷書の筆法であるハタキやハライに置き換わっていたりとかなり自由な造形になっていて、結果的に隷書体の金字塔になりました。当時の日本人の仮名に対する固定概念では限界があったということです。そしてそれをブチ破った初のInter Nationalな日本語書体ということで、これは大変重要なアプローチだったのではないでしょうか?
これ以降、日本語書体の開発は、漢字に合わせた自由な仮名の造形制作に発展していきます。

プロフィール:

N.Tada(清和堂フォント タイプデザイナー)

株式会社写研で13年間フォントデザインに携わる。石井賞タイプフェイスコンテストで2位入選。佳作2回。本蘭明朝体台湾向け字種制作、けんじ隷書仮名、各書体字種増作業、写研2000年発表の本蘭ゴシック8ファミリーの仮名デザイン(「週刊新潮」「プレジデント」「BRIO」その他で使用)、サインペン教科書体「イダサイン」企画制作、新書体制作監修・仮名開発担当など。 1989年千葉大学工学部工業意匠学科視覚情報伝達講座卒業。株式会社写研文字開発デザイン、印刷会社デザイン部門などを経る。現在、清和堂フォント タイプデザイナー。

http://www.seiwado-font.com/

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